
リスキリング、日本では一般的に「学び直し」と訳される機会が多いのですが、実は学び直しとリスキリングは似て非なるもの。その大きな違いは主語にあります。よく「リカレント教育」と混同されがちなのですが、リカレント教育は「学校教育からいったん離れたあとも、それぞれのタイミングで学び直し、仕事で求められる能力を磨き続けていくこと※」と主語が個人となっているのに対し、リスキリングの直訳は「新しいスキルを再習得させること」。この場合の主語は「組織」で、目的語は「従業員」となります。
つまり、個人が就業時間外に自主的に行なう「学び直し」とは違い、リスキリングは本来組織が企業戦略として自社の従業員に行なうもので、就業時間のなかでの学習と実践を通じて、DXなど組織の変革を実現する人材を育成していくことを意味するのです。
では、個人にとってリスキリングは関係のないことなのかというと、そうではありません。むしろ不確実性の高いこれからの世の中を生きていくうえで、とても重要です。
※出典:厚生労働省WEBページ『リカレント教育』より

では、私たちはリスキリングにどう向き合っていくべきなのでしょうか。その答えは、リスキリングという概念が生まれた背景を知れば見えてきます。
欧米では2015〜2016年ごろから、「リスキリング」という考え方が急速に広まっていきました。なぜそこまで注目されたかというと、デジタル技術が進歩して私たちの暮らしが便利になる一方、雇用という面では、労働の自動化が進み、人間の仕事が脅かされるようになってきたからです。そこで、今後、AIに代替されるような仕事から、成長分野の仕事に従業員を移行できるよう、組織が責任を持って人材育成をしていかなければいけないとなったのが、海外でリスキリングの導入が進んだ背景でした。
これは裏を返すと、個人にとっても、ちゃんと時代にあわせて自分のスキルをアップデートしていかないと、AIに仕事を取られてしまうということ。そのためにも、リスキリングは必要となってくるのです。

企業がリスキリングに取り組むメリットは、組織の生産性の向上と、それによる収益の拡大などがあげられます。ここでは、個人にとってのリスキリングのメリットとは何なのか、ご紹介していきます。
将来の仕事の選択肢を増やせる
デジタルの進歩によってなくなる仕事がある一方で、新しい仕事も生まれてきます。例えばChatGPTなど高精度の生成AIの登場によって、AIに適切な指示を与える「プロンプトエンジニア」という仕事が生まれました。今のうちに成長分野でのスキルをアップデートしておけば、将来新しく生まれてくる仕事にかかわれるチャンスが増えてきます。
給与を上げるチャンスが生まれる
新しく世に生まれた仕事というのは、希少性が高いため、基本的には人手が足りていません。そのため、企業も好条件での採用を行ないます。例えば、AI分野のデータサイエンティストは現在引く手あまたのため、もはや並大抵の給与では採用できません。このように、リスキリングは給与を上げるチャンスにもつながります。
企業や個人に向けてさまざまな
助成金が整備されている
2022年、岸田文雄首相が個人のリスキリングの支援に5年で1兆円を投じると表明しました。これを機に、リスキリングに取り組む企業や個人に向けて、国や自治体などによる、さまざまな助成金や支援サービスが整えられてきています。リスキリングのなかには、どうしても費用がかかってしまうものもありますが、こうした助成制度を活用することができれば、経済的負担を減らすことができます。
<企業向け制度の例>
- ● 人材開発支援助成金(厚生労働省)
- ● DXリスキリング助成金(公益財団法人東京しごと財団)
<個人向け制度の例>
- ● 教育訓練給付制度(厚生労働省)
- ● リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業(経済産業省)

リスキリングの必要性は理解できたけど、どの分野でリスキリングするのがいいだろう、どんなスキルを習得するべきだろうと迷われる方も多いと思います。まず必要なのが、自分に向いていて、かつやりたいと思える仕事はなんだろう、と考えてみることです。向いていることというのは、言い換えると「無意識に無理なく継続できていること」。例えば、パソコンに向かう作業は苦手だけど、人と接して話をするのは苦じゃないという方は、同じデジタルの仕事でも、エンジニア以外の職域でリスキリングをするのが得策かもしれません。人から評価されて、無理なく継続できるものは何か、見極めてみましょう。
以上の話を踏まえたうえで、今リスキリングでおすすめしたいのが、「デジタル」「グリーン」「宇宙」の3分野です。いずれも成長性のある領域であり、この分野でリスキリングをすることで、将来の選択できる仕事の幅を広げることができます。
デジタル

リスキリングというと、海外では8〜9割は「デジタル分野」でのスキルアップのことを指しますし、デジタルは依然として成長分野とみなされています。デジタル分野で求められるスキルは次々とトレンドが移り変わり予測しにくい部分もありますが、将来、長期的に需要があるとされているスキルは以下の5分野になります。
(1)クラウドコンピューティング
(2)人工知能
(3)データ分析
(4)デジタルマーケティング
(5)UXデザイン
グリーン

今、ヨーロッパでは、「グリーン・スキル」というものが注目されています。グリーン・スキルとは、脱炭素化、気候変動、代替食品、水、代替燃料など、持続可能な社会の実現のために必要なスキルのこと。スキルの種類はさまざまですが、例えばオーストラリアのキャンベラでは、EVバスの入替えに伴い、EVの整備士になるためのリスキリングが行なわれています。海外の求人サイトでは、かなりの高給でグリーン分野での求人が出されている一方、グリーン分野の人材育成に関する議論は世界的にもまだはじまったばかり。前例はまだ少ないですが、「グリーン・リスキリング」は、やりがいのある分野だといえます。
宇宙

グリーン・リスキリングとともに、注目度が高い領域は、宇宙事業者向けの人材育成、「スペース・リスキリング」です。宇宙産業というと日本ではまだあまりなじみがないかもしれませんが、今まさに人類が宇宙に進出していく時代を見据えて、宇宙で使えるシャンプーや、宇宙に行ったときの損害保険など、新しいサービスや商品がどんどん登場しています。月に移住するとしたら住民票はどうなる?という一昔前なら冗談で済まされていた話が、冗談ではなくなりつつあります。実際、アメリカでは宇宙を専門とする弁護士事務所が登場しています。宇宙は、今世界各国が盛んに投資をしている成長分野であり、宇宙事業を理解する人材も求められています。

リスキリングに実際に取り組もうとすると、個人の場合は時間やお金を捻出しなければいけないという点が大きなハードルとなってきます。本来は組織の仕組みのなかで、仕事としてお金をもらいながらリスキリングをするのがベスト。
でも、もしそれがどうしても叶わない場合は、会社に制度を導入してもらうよう働きかけるか、あるいは先にご紹介したような「教育訓練給付制度」などの個人向けの助成金を利用するのも手です。

「教育訓練給付制度」は厚生労働省による制度で、働く人々の主体的な能力開発やキャリア形成を支援し、雇用の安定と就職の促進を図ることを目的として、厚生労働大臣が指定する教育訓練を修了した際に、受講費用の一部が支給されるものです。
対象講座は約15,000種類!
なかには年間上限56万円の補助も
教育訓練給付制度の対象となる訓練には、3つの分類があり、対象講座は約15,000種類あります。
ただし、給付を受けるのにはいくつかの条件があります。教育訓練給付対象者であり、規定の支給要件期間(受講開始日までに同一の事業主に雇用保険の被保険者として雇用された期間)をクリアしている、厚生労働大臣指定の教育訓練を受けて修了することなど、各教育訓練で指定されている一定の条件を満たしている必要があります。詳しくは、厚生労働省のWEBサイトをご確認いただくか、お近くのハローワークでご確認ください。
<専門実践教育訓練>
主に労働者の中長期的キャリア形成に資する教育訓練が対象。受講費用の50%(年間上限40万円)が訓練受講中6ヵ月ごとに支給。資格取得などをし、かつ訓練修了後1年以内に雇用保険の被保険者として雇用された場合は、受講費用の20%(年間上限16万円)が追加で支給されます。
<特定一般教育訓練>
特に労働者の速やかな再就職および早期のキャリア形成に資する教育訓練が対象。受講費用の40%(上限20万円)が訓練修了後に支給されます。
<一般教育訓練>
そのほかの雇用の安定・就職の促進に資する教育訓練が対象。受講費用の20%(上限10万円)が訓練修了後に支給されます。

参照:厚生労働省WEBページ『教育訓練給付制度』より
●給付手続き
訓練の種類によって異なります。「専門実践教育訓練」「特定一般教育訓練」の場合は、ハローワークやキャリア形成・学び直し支援センターで訓練前キャリアコンサルティングを受け、受講開始前の1ヵ月前までに受給資格を確認します。その後、講座を受講し、修了したら、修了日の翌日から1ヵ月以内にハローワークで支給申請をして完了です。「一般教育訓練」の場合は、「訓練前キャリアコンサルティング」「受給資格確認」は必要ありません。詳しい申請方法などは、お近くのハローワークへ相談してみてください。
給付金を受給できない場合は、かかる費用は全額自己負担となります。また、制度を利用できたとしても受講料の一部は自己負担です。日頃から貯蓄や資産形成によって資金を備えておくと、いざリスキリングに取り組もうというときにも安心です。
リスキリングする余裕を生み出すために「貯蓄」は必要!
個人として考えたとき、リスキリングにはある程度の貯蓄があることも大事になってきます。新しい分野に飛び込もうとしても、まだまだ雇用が生まれていないという可能性もあります。例えば、宇宙分野の求人はアメリカではたくさん出ているのですが、日本ではまだほとんどありません。
ですが、無償であればインターンとしてどこかの団体や企業に入り込んで経験を積めるかもしれません。そういったリスクがとれるのも、貯蓄があるからこそ。お金の余裕がリスキリングの余裕を生み出します。リスキリングを考えているなら、貯蓄はあるに越したことはありません。
リスキリングで自分の市場価値を
上げ、未来の選択肢を増やそう
リスキリングは「終わりなき旅」であるとも言われています。大事なのは、外部環境の変化にあわせて自分をアップデートし続けること。それによって未来の選択肢は限りなく広がっていきます。さらに、助成金や補助金なども活用すれば、支出を低減しつつリスキリングに挑戦できます。ぜひ、リスキリングで、明るい未来への一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

監修
後藤宗明
監修後藤宗明
富士銀行(現みずほ銀行)入行。渡米後、グローバル研修領域で起業。帰国後、米国の社会起業家支援NPOアショカの日本法人を設立。米フィンテックの日本法人代表、通信ベンチャー経営等を経て、2021年、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。政府、自治体向けの政策提言および企業向けのリスキリング導入支援を精力的に行なっている。著書に『自分のスキルをアップデートし続ける「リスキリング」』、『新しいスキルで自分の未来を創る リスキリング 【実践編】』(いずれも日本能率協会マネジメントセンター)がある。
- ※本記事は、2023年12月時点の内容です。
- ※本記事は、当社が後藤宗明様に監修を依頼して掲載しています。
将来を見据えたスキルアップのためにも、
今から貯蓄や資産運用をはじめませんか?
新しいことをはじめる際には、一定の時間や費用がかかります。リスキリングのための費用を貯蓄型保険を通じて用意することも一つの方法です。将来のキャリアチェンジに備えて、生活や収入の変化に対応できるよう、今から継続的に資金を積み立てて、スキルアップにあて、人生の可能性を広げてみませんか。
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