腸内には100兆個もの腸内細菌が棲み、挙動は健康を左右します。免疫はどうでしょうか。
免疫細胞は腸内細菌を常時見張ります。その基地が小腸でリンパ球が集まるパイエル板。増殖した細菌が侵入しないよう、IgA抗体という物質で制御します。腸内細菌がパイエル板を介して免疫を刺激するので、免疫レベルは保たれます。持ちつ持たれつですね。
負の側面もあります。戦後、自己免疫疾患の多発性硬化症やクローン病が急増したのは、食の欧米化による腸内環境の変化に起因するらしいのです。
「多発性硬化症は、欧米型の食事で増える腸内細菌が出す成分と、神経細胞が出す成分がたまたま似ており、免疫細胞が誤って神経細胞を攻撃して起こるという説が有力です」
免疫の健全化には腸内細菌の安定化が不可欠。そのためにはすでに定住している腸内細菌を大切にすべきです。
「日本人の腸内細菌には食歴が長い和食が合う。さらに食物繊維がリッチだと、腸内で腸内細菌のエサにもなるし、繁殖の土台にもなって腸内細菌のバランスが整ってきます」
免疫の経験値が同じはずの同年代でも、毎年のように風邪をひく人もいれば、何年も風邪と無縁なタイプもいます。この差はどこから来るのでしょう。
どうやら風邪のひきやすさは免疫の差というより、喉の粘膜のバリア能力の差によるものらしいのです。
風邪の多くはウイルスが喉の粘膜に取り付いて発症します。粘膜に適度な潤いがあるとウイルスは弾かれやすいし、潤いのもととなる粘液にIgA抗体という抗ウイルス物質が含まれており、風邪の感染をブロックしてくれます。
日本の冬は空気が乾燥しているためウイルスは長生きするし、喉も乾燥して粘膜が乾きやすくなっています。粘膜が乾いているとIgA抗体は働きにくく、ウイルスは細胞内に直接入り込み、すぐさま増殖をはじめてしまうのです。
風邪をひきやすい人は、マスクで加湿する、加湿器を適度に使うといった対策を取り、粘膜の潤いを逃がさないようにしましょう。
清潔な日本で育った人が、衛生環境が悪い国に旅すると、ウイルスに感染して下痢や発熱を起こしやすいです。平気な顔で暮らしている現地の人を目の当たりにすると、無頓着な方が免疫は鍛えられて病原菌にも強くなるのかと思いたくなります。
日本人が長生きになった一因は、衛生環境が良くなって感染症が減ったから。この先もずっと日本で暮らすなら、あえて不潔な場所に身を置く必要はありません。不潔な環境に慣れると日常的な下痢や発熱は減るかもしれませんが、それ以外の深刻な感染症のリスクが高く、寿命が短くなってもおかしくありません。
「マウスも、感染症のリスクがない清潔な環境下で育てた方が長生きします。不潔なところで漫然とウイルスに感染するのではなく、はしかや風疹といった感染すると重症化するものを選んでワクチンを打ち、免疫を作って備える作戦をとった方が合理的といえます」
世間には免疫を上げると称する食べ物もあります。代表例がきのこ。小腸のパイエル板に働き免疫を高めるとか。本当でしょうか?
「きのこの成分を注射すれば、免疫を活性化できる可能性はありますが、食事から摂る量ではそれは望めません。ワクチンを注射する際は同時に免疫を刺激するアジュバントという物質も注射しますが、熱が出る、だるいといった反応が出ます。きのこを食べてもこうした反応は起こらないので、毒にも薬にもならないとわかります」
免疫が下がらないような食事習慣をしたいなら、ビタミンとミネラルの摂取を意識するのが正解です。
ビタミンB2とCは、外敵に対する物理的なバリアである粘膜を強化します。B2はレバーや納豆、Cは緑黄色野菜や果物に含まれます。亜鉛も不足しないようにすべきです。免疫細胞の新陳代謝に亜鉛は不可欠で、免疫細胞同士のシグナル反応にも使われます。亜鉛は牡蠣やウナギなどから摂れます。
免疫とは一度罹った病気に罹らないか軽く済む働き。それなのにインフルエンザは毎年流行しています。
それはインフルエンザウイルスの表面で抗原となる棘(HAとNA)が、毎年少しずつ変化する抗原ドリフトを起こしているからです。ウイルスは原始的すぎて遺伝子の複製ミスを修復できないため、自然に形が変わり、一度罹っても抗体が効きにくいのです。
それでも抗体が少しは効くのは、「交差反応性」という現象のおかげ。交差反応性とは、標的となる抗原にオーダーメイドで作られたはずの抗体が本来の抗原以外にも反応するもの。インフルエンザウイルスのようにビミョーな変化なら、過去の抗体でもある程度効くことがあります。
予防接種では流行(変化)の傾向を予測して作ったワクチンを打ちますが、完全な予測はできません。予測が外れると、まったく効かないことだってあり得ますが、予測が当たると、感染の重症化を防いだり、感染期間を短くしたりする効果は期待できます。
初出 『Tarzan』 No.778・2019年12月19日発売