国民的アイドルから唯一無二のアーティストへ 『大事なことは、喜怒哀楽がちゃんとある人生!』好奇心旺盛なアイドルの妥協なき挑戦 〜 NMB48 山本彩さん 〜 取材_オオサワ系 / 撮影_新妻誠一(Y’s C Inc.) / ヘアメイク_十河沙樹(CO.CO.RO.) スタイリスト_都甲真名美 / 制作_マガジンハウス

自ら興味をもったことであれば、突き詰めないと気が済まないという山本さん。幼いころに出会った音楽への熱はいまだ冷めやらず、所有するギターの本数は10本を超えた。持ち前の飽くなき探求&向上心はアイドルになっても変わることなく、その気持ちこそが、壁にぶつかったときの彼女の支えだったそう。苦難があったからこそ今があると語るそんな彼女が8年間のアイドル生活で得たこと、またその後に思い描く未来とは?

生徒会長からNMB48のリーダーへ

子どものころは、周囲に自然と人が集まる、クラスの中心的な存在だったそう。

「小学生のころからわりと活発な子どもで、目立ちたがり屋さんだったと思います。ダンスとの出会いは、家の近所にダンススタジオがあったことや、母が体験入学をすすめてくれたこともあって、姉と二人でスタジオに通い始めたのが最初ですね。始めたころは練習がきつくて『3年たったらやめてもいい?』って母親にお願いしていたくらいダンスが嫌いになりかけていたのですが、ある時期からどんどん楽しくなって、中学に入ったころには週6で通っていました(笑)。先生から褒められたり、できない動きができるようになったり、選抜メンバーに選ばれるようになって自分の中にやる気や自信が芽生えて、ダンスがすごく楽しく感じるようになりました。できなかったことができるようになって、それが楽しくなるという経験は今の仕事でも生きていますね」

Profile 山本彩さん

1993年7月14日生まれ。2010年、『NMB48オープニングメンバーオーディション』に合格。NMB48として活動を開始し、翌年にはNMB48のキャプテンに就任、以降長年にわたりリーダーとしてグループを牽引する。第67回NHK紅白歌合戦にて番組企画として実施された「夢の紅白選抜」の順位発表が行われ第1位となる。'18年7月にNMB48からの卒業を発表し、10月17日に卒業シングルとなる「僕だって泣いちゃうよ」をリリース、10月27日に万博記念公園 東の広場にて卒業コンサートを開催予定。
http://yamamotosayaka.jp

高校では生徒会長を務めるなど、成長を経ても存在感のある人柄は相変わらず。

「私はどちらかというと、副会長くらいで会長をサポートするくらいのポストがちょうどいいと思っていたのですが、親友から『あんたがやったら支持するから』って言われて、背中を押される感じで立候補をしました。実際にやってみたら大変なことはありましたが、そこまで苦労したっていう思いはなかったですね。昔から先頭を切って何かをまとめるタイプの人間ではあったので、生徒会長になったことも自分の中ではとくに違和感はありませんでした。女子高とアイドルの違いこそありますが、その当時の経験はNMB48のリーダーとしてチームをまとめるときに大いに役立っていたと思います」

人生が一変したギターとの出会い

現在の山本さんに多大な影響を与えているのはあのアーティスト。

「ギターを始めるきっかけとなったのはアヴリル・ラヴィーンさんですね。母がアヴリルさんのファンで、一緒にCDを聴いたりライブに連れて行ってもらったりしているうちに、私も大好きになりました。彼女のギターを弾く姿がすごく格好良くて。ちょうど兄が楽器に興味をもち始めたころで、母親にギターが欲しいって言っていたので、お店に買いに行くときに私も一緒について行ってそのときに初めて買ってもらいました(笑)。でも、いざギターを手にしても、最初は勝手がわからなくてぜんぜん弾けなくて、適当にじゃがじゃがかきならすだけだったのですが、兄の見よう見まねで少しずつ弾けるようになりました。ダンスと同じで、上手に弾けないので最初こそ楽しくなかったですが徐々に楽しくなって、さらに好きな曲が弾けるようになりたいという気持ちが強くあったので、その意欲だけで上達していきました(笑)。おかげで小学校6年生になるころには、ある程度の曲は普通に弾けるようになっていました」

好きなことに対しては一切妥協をせず突き詰めるという山本さん。その強い気持ちは音楽やダンスだけに留まらない。

「もし今のお仕事をしていなかったら、大学に進学して歴史の先生になるつもりでした。私が学生のときに教わっていた先生の授業がすごく楽しくて、おかげで歴史が大好きになり、その先生みたいな歴史の先生になるのが夢でした。歴史って教科書に載っている史実もそうですが、教科書には載っていない、例えば『源義経は実は生きていた』的な、トリビアっぽい部分に楽しさがあるじゃないですか。そういうことを知ることがすごく楽しかったのです。歴史に限らず、今でも何か気になることがあればすぐに調べて、興味が湧けば掘り下げてしまいます(笑)」

原動力は、目標達成のため

アイドルには特に興味はなかったが、オーディションには藁をもつかむ思いで参加したそう。

「当時はいろいろなオーディションを受けまくっていたのですが、うまくいかなくて。もうダメかなと思っていたときにNMB48のオーディションがあるから受けてみたらって母からすすめられて。当時在籍されていたAKB48の先輩方がアイドルと並行しながらいろんなお仕事をされていたので、私もアイドルをやりながら音楽で活動をしたかったのと、オーディションはこれが最後だと思って応募しました」

「入ったばかりのころは、とにかく目の前のことをちゃんとやるだけで必死でした。アイドルである自分に最初は違和感がありましたが、やっているうちにアイドルはアイドルでいろんなお仕事をさせていただけますし、ライブも楽しかったので、活動をしながらお仕事の楽しさを徐々に知っていった感じですね」

日本のトップアイドルのメンバーともなれば、分刻みのスケジュールをこなすこともあるくらい多忙を極める。その辺はどう折り合いをつけているのか。

「メンバーとすごく仲良しなので、みんなでお出かけをしてご飯を食べに行ったり、遊園地に行ったり、ライブを見に行ったりして過ごしています。それこそ毎日分刻みとかで動いていたせいか、この仕事を始めてから時間の使い方が上手になったみたいで、半日だけ時間が空いていればがんがん出かけていきますね(笑)。本当に目が回るくらい大変な日もありますけど、そのときどきでチームとして、また一人のアーティストとしてつねに目標をかかげているから、それに向かって頑張れるのだと思います」

人生の岐路には必ず母が

アイドルとしてさまざまな活動をしている中で、最も好きなのはやはり歌手活動。

「特にライブで歌わせていただくことは私にとっては格別ですね。お芝居やバラエティ番組など、昔はお仕事の内容によって自分の中での切り替えはあったのですが、最近はないです。それは、ソロで音楽活動をさせていただけるようになってから私のことを好きになったと言われるのが要因の一つで、これって逆をいえばソロ活動以外での私には興味がなかったっていうことですよね?(笑) NMB48を通じていろいろな活動をする中で私のことを知っていただくなら、どのお仕事のときも同じ山本彩だって思ってもらえるようにしなきゃなって。もちろんいろいろな活動をしていれば、それなりに壁にぶつかることもあります。でもしんどいことがあってもその次には必ずハッピーなことが待っていると思っているので、そのことだけで頑張れます。落ち込んだりネガティブになっているときは自分次第でいくらでも変えられると思っていて、そのためには最低限、やるべきことをちゃんとやるということを心がけています」

大好きな音楽と同じく山本さんにとって不可欠なのは母親の存在。

もし母がいなくなったら、自分はどうなっちゃうのだろうってたまに考えたりします。それくらい私にとって偉大な存在です。ダンスや歌、ギターに興味をもつきっかけを与えてくれただけでなく、NMB48に入れたのも母の助言があってのことですから。人生のターニングポイントには必ず母がいますね」

新たな発見なくして成長なし

山本さんには壮大な夢がある。

「アーティストとしてはソロで紅白歌合戦に出ることと、あとワールドツアーができるようなアーティストになりたいです。さらに卒業してからAKBグループに楽曲提供とかできたらいいなと思います。年齢を重ねたことで、また今とはちがった曲ができると思うのですごく楽しみです。後輩たちのために作った曲が、いつか賞をいただいたりするなど、作品として評価されるようなアーティストになりたいです」

そんな山本さんが思う豊かな人生とは?

「『豊かな人生=お金』になりがちですけど、私はケチで普段からあまりお金を使わずに生きていても十分豊かなので、私にとっての豊かな人生にお金は関係ないですね(笑)」

「大事なのは喜怒哀楽、全部がちゃんとある人生。8年間グループに在籍して気づいたことがそのことでした。グループで活動をして記憶に残っていることって、悲しかったことや辛かったことばかりですが、そのおかげでほかに少しだけあっためっちゃ楽しいことが際立って良い思い出になっているというか。だから人生は楽しいだけが良いとは限らず嫌なこともなきゃいけないなって。あと私の場合は運が良いことに、やりたいことをやらせてもらえていたので、どちらかといえば充実しているなっていう気持ちの方が強かったですね。毎日のように仕事&プライベートに関係なく新たな発見や出会いがあって、自分が成長していることを実感できていましたから。今までの人生と同じく、これからも同じように歩んでいけたらいいなと思います」