——審判の資格取得後はどのように活動されていたんですか?
僕の場合は、Jリーグ・京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)を運営する株式会社京都パープルサンガに入社して、その業務と平行して、審判をしていました。審判を始めた頃からの信念が「最少の笛で、最高の試合を」なんですが、キャリアを重ねるにつれ、カードを出す枚数がかさんでいって。審判ってミスをすれば話題になるけど、的確なジャッジをしても話題にならない。ここに葛藤があったんですよ。もともと僕は決定的なミスをしたら引退すると決めていたんですけど、2017年に退場者の取り違え事件を起こしてしまって、一時は“日本一嫌われた審判”と揶揄されていたこともありました。そこで引退を決意しました。
——大変な仕事だ……。
ただ、これをきっかけに「最少の笛で、最高の試合を」という信念に立ち返って。審判として試合に向き合う姿勢が変わりました。結果として、1試合平均のイエローカードが5年連続で1枚以下に減ることに。“日本一嫌われた審判”と揶揄されていましたが、選手からは慕われていました。本当はすぐ引退してもよかったんですけど、引退時期を上の方と話し合っているうちに新型コロナウイルスの感染拡大やVAR※1の導入などがあったり。そのおかげで2021年の引退までに、本来めざしていた審判像に近づけたのはよかったなあと思っています。※1……「Video Assistant Referee(ビデオ・アシスタント・レフェリー)」の略称。別の場所で映像を見ながらフィールドの審判員をサポートする審判員のことを指す。
——審判は、試合を俯瞰する力や即座に判断する力が求められる職業だと思うのですが、ほかの職業で活かせるスキルはあるのでしょうか。
おっしゃる通り、主審はひとりでフィールド上すべてのプレーの良し悪しや試合の流れなどを正確に把握しなければなりません。そのためには、常に冷静さを保って周囲の状況や選手の状態を観察していかなければいけません。冷静さを保つには、客観性と公平性と大局観が大切です。ですので、この選手が好きとかこのクラブが好きとかではなく、ひとつの物事にとらわれず全体最適やバランスを考えながら生活するようにしていました。あと極端な話ですが、やたらダッシュするとか、ゲームに走らされる審判はあまりいい審判とは言えないですね。要所を見きわめる判断力の質が高ければ、無駄な動きは必要ありませんから。ビジネスの世界においてもそうですよね。要所を抑えて、極力無駄を省いて働く方は優秀と言われるじゃないですか。
——なるほど。
質の高い動きのいい選手には相手からたくさんファウルが集まりますし、そのファウルがカードを出すべきものなのか、あるいは試合を止めずにプレーを続けさせるのかを瞬時に見極めなければならない。ゲームを俯瞰視して、即座に判断する。会社組織でいうなら管理職のような仕事に、活かしていけるようなスキルですよね。この力を養うためには、相手のことを考え思いやることが大切です。目の前の人は今何に困っていて、あるいは何に挑戦しようとしていて、何を考えて、どんな行動を取ろうとしているのか。これを注視し続けると、自然と身に付けることができるスキルです。ちなみに審判って、警察官のように悪事を取り締まるのが仕事だと言われているんですけど、実際は全然違うんです。
——と、いうと……?
もちろんそれも、仕事のうちのひとつではあります。ですが、根源的な話をすると「この試合をいかに魅力的で面白い試合にするか」この部分を司る役割なんです。ファウルは場を乱す行為、そのファウルが悪質であればあるほど、試合の空気は悪くなりますし、面白さも魅力度も下がります。お客さんや選手、クラブに携わるサポートメンバー。すべての人が「面白い試合だった!」と、思って感動できる試合を作らなければいけない。それが僕たちサッカー審判の役割なんです。
——「みんなが最高の状態だと思えること」これは、どの仕事においても大切なことですよね。