珍職図鑑 サッカー審判ってどんな仕事?家本政明さんに聞いてみた!

日本一嫌われた審判が語る!“Jリーグ退場者取り違え事件”の前と後

この世に数多ある職業の中には、僕らが想像できないような特殊な仕事があります。そんな仕事にスポットライトを当てて紹介する連載『珍職図鑑』。第二回となる今回はサッカー審判員として、Jリーグの主審を長く勤め、国際審判員としても活躍した家本政明さんにインタビューを行いました!

※新型コロナウイルス感染拡大の状況を踏まえ、撮影時のみマスクを外してもらっています。

取材・文:納谷 ロマン/写真:飯本貴子

大学1年まではサッカー漬けの日々。病を機に、審判の道へ。大学1年まではサッカー漬けの日々。病を機に、審判の道へ。

——今日は、よろしくお願いします!まずは、家本さんのキャリアからお伺いできればと!

よろしくお願いします!中学時代〜大学1年の途中までサッカーをやっていました。県選抜や地域選抜に選ばれたりと、割とサッカー漬けな日々を送っていました。高校時代から、激しい運動をすると吐血してしまうようになってしまって。大学1年の頃に病状が悪化。サッカーをするのは難しい体になってしまいました。

——そこから、審判への道を?

そうですね。当時、部活のメンバーから審判を選出しなければいけなかったんです。で、ある時監督が「審判やりたいやついないかー」と、募集していて。そのときに、高校時代に練習試合で審判をして“面白かった”というのが頭をよぎったんです。そこで思い切って、審判の道へと進みました。その後、大学時代に2級審判までの資格を取得して、卒業してすぐに1級審判の資格を取得しました。

——サッカーを病気で辞めることになって、それから審判になることに抵抗はなかったんですか?

僕の性格って、すごく割り切りが良いんです。だから、サッカーができなくなったことに辛さは微塵もなかった。審判をやるって決めた瞬間からは、完全に気持ちがシフトしましたし、引退した今ももっと楽しいことができるだろうとワクワクしている。だってこの世には面白い仕事が山ほどありますからね。

家本流の審判論と、引退を決めた退場者取り違え事件。家本流の審判論と、引退を決めた退場者取り違え事件。

——審判の資格取得後はどのように活動されていたんですか?

僕の場合は、Jリーグ・京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)を運営する株式会社京都パープルサンガに入社して、その業務と平行して、審判をしていました。審判を始めた頃からの信念が「最少の笛で、最高の試合を」なんですが、キャリアを重ねるにつれ、カードを出す枚数がかさんでいって。審判ってミスをすれば話題になるけど、的確なジャッジをしても話題にならない。ここに葛藤があったんですよ。もともと僕は決定的なミスをしたら引退すると決めていたんですけど、2017年に退場者の取り違え事件を起こしてしまって、一時は“日本一嫌われた審判”と揶揄されていたこともありました。そこで引退を決意しました。

——大変な仕事だ……。

ただ、これをきっかけに「最少の笛で、最高の試合を」という信念に立ち返って。審判として試合に向き合う姿勢が変わりました。結果として、1試合平均のイエローカードが5年連続で1枚以下に減ることに。“日本一嫌われた審判”と揶揄されていましたが、選手からは慕われていました。本当はすぐ引退してもよかったんですけど、引退時期を上の方と話し合っているうちに新型コロナウイルスの感染拡大やVAR※1の導入などがあったり。そのおかげで2021年の引退までに、本来めざしていた審判像に近づけたのはよかったなあと思っています。※1……「Video Assistant Referee(ビデオ・アシスタント・レフェリー)」の略称。別の場所で映像を見ながらフィールドの審判員をサポートする審判員のことを指す。

——審判は、試合を俯瞰する力や即座に判断する力が求められる職業だと思うのですが、ほかの職業で活かせるスキルはあるのでしょうか。

おっしゃる通り、主審はひとりでフィールド上すべてのプレーの良し悪しや試合の流れなどを正確に把握しなければなりません。そのためには、常に冷静さを保って周囲の状況や選手の状態を観察していかなければいけません。冷静さを保つには、客観性と公平性と大局観が大切です。ですので、この選手が好きとかこのクラブが好きとかではなく、ひとつの物事にとらわれず全体最適やバランスを考えながら生活するようにしていました。あと極端な話ですが、やたらダッシュするとか、ゲームに走らされる審判はあまりいい審判とは言えないですね。要所を見きわめる判断力の質が高ければ、無駄な動きは必要ありませんから。ビジネスの世界においてもそうですよね。要所を抑えて、極力無駄を省いて働く方は優秀と言われるじゃないですか。

——なるほど。

質の高い動きのいい選手には相手からたくさんファウルが集まりますし、そのファウルがカードを出すべきものなのか、あるいは試合を止めずにプレーを続けさせるのかを瞬時に見極めなければならない。ゲームを俯瞰視して、即座に判断する。会社組織でいうなら管理職のような仕事に、活かしていけるようなスキルですよね。この力を養うためには、相手のことを考え思いやることが大切です。目の前の人は今何に困っていて、あるいは何に挑戦しようとしていて、何を考えて、どんな行動を取ろうとしているのか。これを注視し続けると、自然と身に付けることができるスキルです。ちなみに審判って、警察官のように悪事を取り締まるのが仕事だと言われているんですけど、実際は全然違うんです。

——と、いうと……?

もちろんそれも、仕事のうちのひとつではあります。ですが、根源的な話をすると「この試合をいかに魅力的で面白い試合にするか」この部分を司る役割なんです。ファウルは場を乱す行為、そのファウルが悪質であればあるほど、試合の空気は悪くなりますし、面白さも魅力度も下がります。お客さんや選手、クラブに携わるサポートメンバー。すべての人が「面白い試合だった!」と、思って感動できる試合を作らなければいけない。それが僕たちサッカー審判の役割なんです。

——「みんなが最高の状態だと思えること」これは、どの仕事においても大切なことですよね。

審判で培ったスキルで、サッカーの魅力をより多くの人へ届ける。審判で培ったスキルで、サッカーの魅力をより多くの人へ届ける。

—— 引退後は、培ってきたスキルをどのように活かしてらっしゃいますか?

僕の場合は、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のフットボール企画戦略マネジャーという仕事に業務委託でかかわっています。先ほど話した「みんなが楽しいと思える最高の試合を作る」ことをサポートをする仕事です。フットボールという競技自体を俯瞰視して、誰もがいつでもどこでも誰とでも楽しめる仕組みを日夜考えています。

—— 審判時代に培ったスキルを存分に活かしているのですね。

「審判の道で、後進を育てないんですか?」なんて聞かれることも多いんですが、最初に言ったように引退したらその仕事には興味がなくなっちゃう性分で。それに僕の審判スタイルが唯一の正解という訳ではないし、各々が目的をもって努力を重ねて突き詰めていくものだと思うので。

—— たしかに……!最後に、今後の目標などがあれば聞かせてください!

やはり、サッカーをより楽しんでもらえる環境と仕組みを整えることですね。フットボール企画戦略マネジャーとしてやることはもちろんですが、個人としても書籍の執筆や試合の解説。noteでの記事執筆……と、多角的にフットボールの魅力を伝える活動をしています。僕の活動を通じてフットボールに熱狂する人がひとりでも増えれば本望ですね。

いかがでしたか?サッカー審判として、数多くの名試合を作るサポートをし、現在は別の角度からサッカーの魅力を広める活動をする家本さんのお話。選手生命を絶たれたことで、審判を始めたという意外なキャリアのはじまり。そうして長年の経験を積み物事を判断する力と俯瞰する力を手に入れた家本さん。そして、退場取り違え事件という乗り越えてより素晴らしい審判へと変わっていけたと話してくれました。目を背けたくなるような大きな失敗を糧にして成長する、これはサッカー審判のみならず、どんな仕事においても大切な姿勢ですよね。ここまで読んでくれた方は、少しだけ珍しい仕事に詳しくなれたのではないでしょうか。次回も珍しい職種の方を取材予定ですので、ぜひともお楽しみに!

Profile

家本 政明

家本 政明(いえもと まさあき)

家本 政明(いえもと まさあき)

1973年、広島県生まれ。福山葦陽高校時代は主にDFとしてプレー。同志社大学入学後に内臓の病気が悪化しサッカー選手を断念。同志社大学経済学部卒業後の1996年、Jリーグ・京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)を運営する株式会社京都パープルサンガに入社。同年に1級審判員を全国最年少で取得。2002年〜Jリーグ主審担当に登録。2005年〜2006年、国際主審に登録。2005年〜2021年、プロ審判契約。2021年の引退まで、数多くの名試合で主審を務めてきた。

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