安井くんと高井さんは友達

私の中のふたつの価値観、安井くんと高井さん。 そんなふたりと過ごすとある休日の物語。
文:しまだあや/イラスト:おゆみ/編集:納谷ロマン
安井くん

安井くん

安井くんの趣味は、固めのグミの味比べ、日曜の昼に食べるカップ焼きそばと缶ビール、コンビニでおつりがないように支払えた瞬間。ポリシーは「わからないことはすぐに聞く」。
仲良くなったのは、高校卒業の直後。ちょうどバイトをはじめたタイミング。私は今30代半ばなので、もう15年以上、結構長いお付き合い。「チープやインスタントから見つける小さなしあわせの価値」を教えてくれる、素敵なともだち。

高井さん

高井さん

高井さんの趣味は、インド織のクッションカバー集め、眠る前のデカフェと映画鑑賞、ベランダの柵に鳥が止まった瞬間を撮り集めること。座右の銘は「明日は明日の風が吹く」。
仲良くなったのは、30代に入ってすぐの冬。自分が大人になったからこそ話が合う、みたいな人。クラスメイトだったら、緊張して近づけなかったかも。「ものごとが手元にやってくるまでの手間やストーリーの価値」を教えてくれる、素敵なともだち。

作者 しまだあや

作者 しまだあや

そして私の名前は「島田彩」。この記事を今書いている作者です。趣味は……特にないかも。でも、いつも安井くんや高井さんにオススメされるものごとが、趣味の一部になってく感じです。

安井くんと高井さんは、全く違うタイミングで仲良くなった相手。性格も全然違う。だけど、ひょんなきっかけで、私は今、彼らといっしょに暮らしている。すると、いろんな化学反応が起きはじめた。いつもの家、いつもの道、いつもの買い物、いつものご飯。そんな見慣れた日常に、私の知らない価値が生まれていった。

ということで、今日は、「安井くん」と「高井さん」と過ごした、とある休日を書いてみたいと思います。みなさんも、彼らとともだちになった気分で、読んでもらえると嬉しいです。それではどうぞ。

第1章 オトナのバーガーセット

友人オススメのネットドラマを、夜通し一気に観てしまった。新聞配達のバイク音を聞きながらふとんに入り、起きるとお昼の12時前。めちゃくちゃ寝た。でも大丈夫、今日は休みをとっている。とりあえず寝間着のままリビングへ。

「あら。まだパジャマなのね」高井さんだ。
「うん。あのまま朝までドラマ観てた。で、今起きた。アラーム鳴らない日って最高」
「え、最後まで観た? え、どうだった?」
「めっちゃよかった」
「でしょ?! ねえ、誰派だったか教えてよ」

一足先に、このドラマにハマっていた高井さん。椅子をひいて、座らせようとしてくれる。

「えー、ぼくそろそろ限界だよ〜。チーズバーガー食べに行かない?」
廊下を覗くと、安井くんが、玄関のところに座り込んでいた。

「あなたがおなかぺこぺこで起きてくるんじゃないかって、そこでずっと座ってるのよ」
「確かに……おなか空いて、目がさめたようなもんだわ」
ということで、急いで着替えて、玄関へ。

「アタシもついてこっと」
「高井さんも行くんや。あんまりファストフード食べないイメージだった」
「たまにはね。あと、駅まで出るなら、ちょっと寄りたい場所があるのよ」

3人で駅前のハンバーガーショップへ。
平日なのに、店内は家族連れや若いカップルで賑わっている。

「いいわね〜。アタシにもいつかあんな日が来るかしら」
「えー、独り身のが楽だよ。ぼくは結婚したくなーーい」
「あーあー、えーと、混んでるしテイクアウトする?」
「さんせーい!」

ダブルチーズバーガーのセットを注文。お会計は550円。

「わ、安っ。思ったより安いな」
「平日はセットが90円引きなんだよ!」
「さすが安井くん。お得なものに詳しいね。で、高井さん寄りたいとこあるんよな?」
「そうそう。少しだけ付き合ってもらえる?」

連れられて入ったのは、駅前の輸入食材屋さん。私も最近よく入るお店。ちょっと高いけど、いいものがいっぱい揃ってる。

「あったあった、マスカルポーネ。それからアボカドディップの瓶……あ、シラチャーソースも買っとこ。もうなくなりかけてたわよね」

お会計は3点で1558円。バーガーセット3つ買えるな。
隣で安井くんがそわそわしている。

「急ごう急ごう! ポテトがふにゃふにゃになっちゃうよ!」
「じゃあもう、そこの公園で食べちゃおっか? 天気もいいし」

そしてベンチに座るや否や、高井さんはマスカルポーネやアボカドディップを開封。

「えっ、今開けるの? どうすんの?」
「決まってるじゃない、挟むの。スペシャルトリプルチーズバーガーよ」

高井さんの手には、ちゃっかり輸入食材屋さんでもらってきたらしい割り箸。そしてバーガーのバンズを開き、マスカルポーネを挟んでいく。さらに、アボカドディップも。惜しげもなく、ふんだんに。

「わー天才がおる……」
「よかったらあなた達もどうぞ」

ごくん、とつばを飲み込み、高井さんと同じようにカスタマイズ。そして口へ。めっっっ、ちゃくちゃに、うまい。確かにこれは、スペシャルでトリプルなチーズのバーガーだ。

「ねえ高井さん、このシラチャーソースって何?」
「タイの調味料でね、チリソースみたいな感じかな」
「めっちゃ辛そう。ぼくも食べれる?」
「意外とピリ辛程度なのよ、いけるんじゃない?」
「え、じゃあ、じゃあ……」

ケチャップの中へ、おもむろにシラチャーソースを注ぎ込む安井くん。そしてポテトをダイブ。ここには天才しかいないのか。私も一口、辛党大歓喜。

「はー、すこぶるうまい。こりゃビールだな」
「えっ、買っちゃう? 信号渡ったらコンビニあるよ、行っちゃう??」
「いいじゃない。オトナのバーガーセットね」

バーガー屋さんで550円、輸入食材屋さんで1558円。ちょっといいイタリアンのコースランチもいいけれど、同じくらいの値段で、こんなに満足感が得られるなんて。余った調味料は、おうちの台所にストックできるし。自炊のレパートリーも増えるし。

安井くんと高井さんと一緒だと、こういう過ごし方ができる。
ふたりの違いが組み合わさるの、ものすごく面白い。

第2章 衣替え

「ただいまー」

おなかいっぱい、すんごくおいしかった。ビールも1缶入っているので、気分が良い。外も、すっかりあったかくなったな。服、整理していかなきゃな。

ということで、クローゼットから、生地の分厚い服を引っこ抜いていると。

「衣替えするの?」
「うん。あ、これ安井くんと遊んだときに買った服だね」
「わー懐かしい、覚えてるよ! 心斎橋で買ったやつじゃない?!」

淡い水色のジャンパースカート。高校卒業したての頃、ちょうど「森ガール」という言葉が流行った。で、がっつり影響されて、買ったんだっけな。

「いくらだったっけなあ」
「安かったよ、3000円くらい! いっぱい着てたね。でも最近着てなかったね」
「なんかね。こどもっぽいかな〜って。ちょっと久しぶりに着てみよかな」

うーん、やっぱりこどもっぽい……お役御免かなあ、としぶしぶしてると、「これと合わせてみたら?」と高井さん。手にはシースルーのトップスと、レースのビスチェ。私が先週買った、憧れのブランドのもの。ねえさんの仰せのままに着てみると、森ガールが、モード系になった。


「ほら、いい! いいわよ!」
「高いのと安いの、合わせるのかっこいいね! さっきのハンバーガーとマスカルポーネみたい!!」
安井くんも褒めて(?)くれる。

「こういうのと組み合わせてもいいのか。華やかすぎないかなあとか、汚しちゃったらどうしようとか、気にし過ぎてたかも」
「汚しちゃったら、ってのはわかるわよ。これ、結構したんじゃない?」
「定価だと3万円以上。でも安井くんがフリマアプリで見つけてくれたんよ」
「4000円だったよー!」

安井くんが言う。
「ぼく、高井さんのおかげで、最近リユース品を買うのがすごく楽しいんだよね」
「あら、アタシの? どうして?」

高井さんはいい服を着ている。単にハイブランド、という意味ではない。彼女はいつも、値段の理由を見ている。そして、その商品が手元に来るまでのエピソードに価値を見ている。たとえば、どういう理由で素材が選ばれ、どんな作られ方をしているか。そこにどんな想いを持った人が携わっているのか。

そんな高井さんに倣っていると、リユース品に対して「一度誰かの手に渡ったということは、作り手や売り手に加えて、買った人のエピソードも背負ってるってことだよな」と、想いを馳せるようになったらしいのだ。

「だからこのビスチェも、もしかしたら誰かの結婚パーティで着られて、幸せを祝った服かもしれないなーって。あ、それか赤ちゃんが生まれたのかも! だって『着る機会が減ったので』って書いてあったよ、めでたい〜!!」
安井くんが嬉しそうにはしゃぐ。

もちろん、そうじゃない可能性もある。でもそんな想像をするのは楽しく、値段を超えたいい時間だなあと思う。安井くんと高井さんの価値観に触れると、「豊かだな」「美しいな」と思うものが増えていく。

第3章 お皿とビスケット

性格も価値観も違う安井くんと高井さんが、
一日のうちで、最も意気投合する時間がやってきた。

「おやつの時間になったよ!」
「そうね、おやつの時間ね」

そういえば、陶芸家の友人から買ったいいお皿がある。見合うようにと、何かちょっと高級なお料理を……と思ってたけど、あれもさっきの服みたいに、肩の力抜いて、使ってみようかな。

「いっそ、今家の中にある一番安いものを乗せてみようよ!」と安井くん。一緒に家中を見渡した結果、駄菓子のちっちゃいドーナツに決定。4つ入って40円のやつ。

そして、引き続き天気がいいので、庭に出る。もらったお皿に、ちっちゃいドーナツを並べる。なんか、ものすごく高級なドーナツに見えてくる。イケてる飲み物を、飲みたくなってきたぞ。

「ハーブティーが少し残ってたはず」と高井さん。セレクトショップで買った、オーガニックのハーブティー。「ねえ、ここにもハーブがいっぱいあるよ!」と安井くん。去年、ご近所さんから苗を買って植えたレモンバーム。少し揉んで、ハーブティーにぱらり。すごくいい香り。

「一度枯れたと思ったけど、また育ってよかったね!」
「うん。でも雑草も増えてきたね。なんとかしないとなあ」
「ねえ、ぼくこないだ調べたんだけど、この草、食べられるんだって!」
「え、まじで??」

安井くんが教えてくれたのは、カラスノエンドウ。ちゃんと豆の味がするらしい。

「よく聞く名前だけど、これ食べられるやつだったのか」
「色も可愛いし、サラダのトッピングに良さそうだわ」
「飾ってもかわいいから、一石二鳥だよ!」
「ほんと。花瓶、持ってこようかしら」

4000円と40円。お皿に並べた駄菓子のドーナツ。
1000円と100円。ハーブティーに入れた庭のレモンバーム。
3000円と0円。花瓶に生けたカラスノエンドウ。

値段に置き換えると、なんか不思議な組み合わせ。
でも、いい。とてもいい。高いものと安いものが仲良くしてるの、とても嬉しい。

第4章 おうち映画館

衣替えも済ませたし、おやつも食べたし。日が暮れる前に、映画でも観に出かけたいな。でも今、観たいのあんまりやってないんだよなあ。と、ここで高井さんが、謎の提案をしてくる。

「じゃあ、家で観れる映画をひとつ選んで、今夜はそこへ旅行しましょうよ」
「旅行? どういうこと??」
「まあまあ。とりあえずウォッチリストを開いてみて」

気になる映画をリストアップしていたページを眺める。「これはどう?」と指差したのは、インドが舞台の映画。2時間51分。

「結構長いわね。今から見たら8時過ぎ……ま、ちょうどいいかも」

高井さんはスマホで宅配サービスのアプリを開き、カテゴリから「インド料理」を選択する。なるほどなるほど、そういうことか。

「インドパーティだ! ぼくチーズナン食べたい!」
「さ、もっと気分高めてくわよー! 着替えて着替えて!」
「何に?!」
「インドっぽい服よ。ないの?」
「ないよそんなの!笑」

ということで、とりあえず布を体に巻く。ビンディー代わりのマークをおでこに書く。いつか雑貨屋で買ったエスニックなお香を焚く。再生ボタンを押す。

そして2時間51分後。配達員さんを迎えたのは、ぐだぐだに泣き顔のエセインド人だった。(映画、放映時間から調べりゃ具体名が出る有名な作品ですが、めちゃいい映画だったよ……)

浮いた映画代の1800円分、インド料理のデリバリーで贅沢をする。満足満足。安井くんが買ってきた牛乳がもうすぐ賞味期限だし、高井さんが前に揃えてくれたスパイスもあるし、チャイでも作ろうかな。あーでも、もう眠いな。昼まで寝たのになあ。

「あ、寝落ちしそうな人がいる〜! ブランケットブランケット」
「だめよ、そのまま寝ると後悔するわよ、せめてコンタクト外しなさいな」

「眠っちゃおう」と「起きなきゃ」の声が、頭の中で行ったり来たり。
私には、ふたりのともだちがいる。
「安井くん」と「高井さん」。

私には、ふたつの価値観がある。
「安いもの」に対する価値観と、「高いもの」に対する価値観。

全く違うタイミングで出会った感覚だけど、私は今、これらを混ぜながら暮らしている。すると、いろんな化学反応が起きる。いつもの家、いつもの道、いつもの買い物、いつものご飯。そんな見慣れた日常に、私の知らない、新しい価値が生まれていく。


今日書いたのは、とある休日の話。出来事はほんとのことだけど、自分の心の中で完結しているやりとりを、人として召喚してみました。つまり、価値観を擬人化して、書いてみました。

名前は、「安井くん」と「高井さん」。
チープやインスタントから見つける、小さなしあわせ。
ものごとが手元にやってくるまでの、手間やストーリー。

ふたりとも、私の大事な、友達です。

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