名将ネルシーニョ監督の元で学ぶ日々  『チームの機微を感じ取り、寄り添う』 Jクラブのヘッドコーチとして研鑽を積む ~ 柏レイソル ヘッドコーチ井原正巳さん ~ 取材_牛島康之(NO-TECH)撮影_佐藤将希 制作_マガジンハウス

サッカーでは選手が引退してから指導者になるケースは多くても、トップレベルで活躍していたとしても誰もが監督になれるわけではありません。ましてや名将として名を馳せている人はほんの一握りでしょう。誰もが段階を経て、監督への道へ進んでいくのです。今回は、現在、柏レイソルのヘッドコーチとして活躍中の井原正巳さんが登場。コーチとして指導するうえで大事にしていることや、サッカー人生で影響を受けた監督などについて語っていただきます。

監督が理想とするサッカースタイルを
選手と共有する

2002年に現役を引退してから、柏レイソルでヘッドコーチやアビスパ福岡で監督を経験してきた井原正巳さん。現在は柏レイソルのヘッドコーチとして復帰し、Jリーグ制覇を目標に名将ネルシーニョ監督の元で学んでいます。そんな井原さんに指導者として大事にしていることは何か、そして難しい時期ながら、Jリーグをもっと盛り上げていく方法を伺ってきました。井原さんの人柄がわかる指導者としての目線は必見です。

Profile井原正巳さん

滋賀県甲賀郡水口町(現:甲賀市)出身。筑波大学進学後、大学一年生のころにポジションをフォワードからディフェンダーにコンバート。日産自動車サッカー部を経て、横浜マリノス(現:横浜F・マリノス)に所属。1990年代のJリーグを代表するディフェンダー(センターバック)で「アジアの壁」と呼ばれた。キャプテンとして1998年にフランスで開催された世界的サッカーの祭典にも出場。

Future of Soccer

いきなり第一線で指導する
大きな経験を得る

「現役時代から引退した後のセカンドキャリアでは、指導者になりたいと思っていました。2002年シーズンで引退して現場からは離れましたが、そこからS級などの指導者ライセンスを取得しはじめました。2006年の世界的祭典が終わった後に、次に北京をめざす23歳以下のチームのコーチに就任したところから、自分の指導者としての道がスタートしました。まだ現役から退いて間もない時期で指導者の経験も浅いまま、アンダー世代とはいえ、いきなりコーチを任されて戸惑いました。しかし、少しでも若い選手に自分の経験を伝えていければという意欲の方が強かったと思います」

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指導者としての仕事は
ピッチ外での仕事やタスクが重要に

「当然のことながら選手のときとは違い、指導者はピッチを離れた後のほうが、やらなければいけない仕事が多いんですよ。それは選手時代にはなかなか想像できなかったのですが、チームとして勝利していくために、チームをどうオーガナイズしていくか……という部分でのやるべきタスクが重要になってきます。監督がいて、コーチングスタッフがいるので、チームとしてめざすべきところを選手にどう伝えていくか……は難しいし、苦労する部分だと思いますね。よく“指導者のやり方に正解はない”といわれますが、まさにその通り。色々なものにぶつかりながらも、日々勉強という感じです(笑)」

MASAMI IHARA

現在は外国人監督の元で
指導者としての研鑽を積む日

「自分が指導者になってから印象に残っているのは、北京をめざす23歳以下のチームで監督を務めた反町康治氏ですね。チームとしてストイックに勝利をめざしていくことに関して妥協しない姿勢には感銘を受けましたし、相手チームの分析なども含めて、細かい部分までこだわっていたところは、指導者としてすごく勉強になりました。あとは、現在まで長い期間一緒にやらせてもらっている柏レイソルのネルシーニョ監督も影響を受けるひとり。日本人へのリスペクト、そして監督としての立ち振る舞いはもちろん、勝負師としての資質というのも監督として大事なんだなと感じます。ブラジル人のサッカー観やブラジル的なサッカースタイルと戦術に関しても毎日、傍にいながら吸収し学んでいます」

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監督としての責任は重いが
勝利したときの満足感は
コーチの比ではない

「自分はアビスパ福岡時代(2015~2018年)に監督として指導した経験もありますが、監督とヘッドコーチは、全然違いますね。まずは責任の重さ。背負うものが全く違いますし、クラブが試合に勝てないときのプレッシャーは計り知れないものがあります。そして、コーチ陣から色々意見を聞いたりしますが、戦術やクラブをどういう方向に導いていくかを最終的に全部自分が判断し、決定しなければなりません。そして本番(試合)で実力を発揮させられるかは監督の手腕というところになるので、そういった立場の違いはありますよね。だからこそ、試合に勝ったときの充実感は大きいと思います」

MASAMI IHARA

シーズンを通して戦うには
クラブの雰囲気や一体感が大事

「現在ヘッドコーチとして指導するうえで大切にしていることは、監督が実践しようとしているサッカーと同じイメージを持ちながら、どのように指導していくかという部分ですね。監督あってのクラブなので、そこはブレないようにしています。あとは、クラブの雰囲気がどういう状況なのかは常にアンテナを張っていますね。やはりクラブがシーズンを通していい流れでシーズンを戦っていくには、クラブの雰囲気や一体感は重要です。戦術の徹底などももちろん大事なんですが、戦術以外の部分もクラブが戦っていくには、かなり大きなウェイトを占めると思います。選手とコミュニケーションをとりながら、そういった部分は敏感に感じ取れるように意識しながら指導しています。ずっと見ていると悩んだり、落ち込んだりして調子を崩している選手は、すぐにわかりますよ。そういった部分のケアもコーチの仕事の一つかと思います」

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魅力的にサッカーをして勝利する
これが盛り上がるための一番の近道

「現在、JリーグはJ3まで含めて58のクラブが各都道府県に存在しています。“地域に根ざす”という100年構想を掲げて、それぞれの地域とのつながりを大事にしてきました。Jリーグ開幕から時が経ち、ある程度、地域に定着してきた中で、ここからもっと盛り上げていくとなると、難しい局面になっていると思います。現在は新型コロナウイルスの影響で、スタジアムに入れる人数も限られているのでなおさらです。そして、トップレベルの選手を見ていくと、魅力的な選手は最終的に海外に移籍してしまうので、ファン獲得などの面を含めても状況が難しくなっていますよね。色々なアイデアを出しながら、Jリーグを発展させていくことは、正解のないことだとは思いますが、もっともっと地域とのつながりを深めていくことが個人的に大事だと思います。もちろん、クラブのサッカーのスタイルを地域の人々に認めてもらうことも必要です。クラブとしての色々な活動も大事ですが、基本に立ち返り、まずは魅力のあるサッカーをして勝利し続けていくという部分が、クラブを盛り上げていくうえで、一番の近道なのではないかなと思いますね」※2021年12月7日取材