選手とのコミュニケーションが団結力のカギ 『Jクラブの監督としての立ち振る舞いとその苦悩』 オフザピッチの在り方も指導する ~ SC相模原 高木琢也さん ~ 取材_牛島康之(NO-TECH) 撮影_佐藤将希 制作_マガジンハウス

クラブにはたくさんの選手が所属していますが、その選手を指揮する役割を担うのが監督です。全責任を背負ってクラブを指揮するわけですから、監督になるには相当な重圧があるはず。今回はライフフィールドマガジン初の現役Jクラブ監督が登場。6月にSC相模原の監督に就任したばかりの高木琢也さんにお話を伺いました。指導者になったきっかけや監督業の苦悩について語っていただきます。

選手には個人である前に
グループで戦う重要性を伝える

Jリーグ開幕初期から活躍し、現役時代は“アジアの大砲”として抜群の高さを武器に得点を量産した高木琢也さん。現在は6月からSC相模原の監督に就任し、クラブのJ2残留を目標に戦っています。そんな高木さんに監督になったきっかけや監督としての苦悩や、選手との接し方など、監督業に関するあれこれを伺ってきました。現役監督ならではの金言を見逃すなかれ!

Profile高木琢也さん

1967年11月12日生まれ。長崎県南島原市出身。Jリーグ開幕の1993年にサンフレッチェ広島F.Cとプロ契約し、1993年5月26日の第4節横浜マリノス戦でJリーグ初ゴールを記録。恵まれた体格を活かしたヘディングやポストプレーで現役引退するまでに通算76得点をあげる。2006年に横浜FCのコーチに就任したことから指導者歴がスタートし、横浜FC、東京ヴェルディ、ロアッソ熊本、V・ファーレン長崎、大宮アルディージャの監督を経験。2021年6月よりSC相模原の監督に就任し、クラブを率いてJ2残留をめざす。

Future of Soccer

クラブの監督に就任するまでは
コーチなどを歴任

「当然ですが、自分は現役を引退して、すぐ指導者になれたわけではないです。引退してから4年ぐらいはメディアに出て解説のお仕事などをしていました。元々は指導者になりたいなと考えていたので、その間もS級ライセンスを取得するなど、その準備はしていました。その合間にも日本大学のサッカー部で大学生の指導をしたりはしていましたが、すぐにはオファーは来なかったですね。そのあといきなり横浜FCからコーチのオファーが来て、横浜FC、東京ヴェルディ、ロアッソ熊本、V・ファーレン長崎、大宮アルディージャの監督を経験し、そして現在は6月からSC相模原の監督に就任したという感じです」

Future of Soccer

チームとして戦う上で重要な部分は
団結力

「オファーをいただいて監督に就任してから、当然のことですがそのクラブによって状況は違うので、その状況に合わせたクラブづくりを考えます。プレーに関しての戦術などの話はもちろんするのですが、どうしてもサッカーというスポーツはチームで戦うものなので、一体感とか団結力という部分は絶対に必要になってきます。そういうところにつながる自分のなかのベースにあるものは、必ず話をするようにしています。どういうことを大事にしているか……という部分ですね。具体的に言うと、本当に基本的なことですが“ミスしたりしても人の悪口を言わない”、“きついなとかいやだなといった否定語を使わない”、“あいさつをきちんとしたり、明るく振る舞う”などといったことですね。ゲーム中のプレーもそうですが、こういうオフザピッチの行動がチームで戦う上でプレーにもつながってくるので、選手たちにはしっかり話をしていますね」

TAKUYA TAKAGI

選手を決めるのが監督の仕事
選手選考には、毎回頭を悩ませる

「監督をしていて一番苦労するのは、選手の選考ですね。年間で何十試合もこなしていく状況であっても、それは毎回感じることです。クラブとして試合をする上で、必ず誰かがレギュラーやサブメンバーから外れるので、自分自身でも苦手なことの一つですね。ただ、ある種それは自分の役割でもあるので……大変ですよ(笑)。自分の考え方がすべて伝わっているかはわからないですが、選手を外すとかそういう場面では必ず、その選手に自分の意図を話すようにしています。もちろん、それ以外でもコミュニケーションとして選手とはたくさん話をしますね。選手の細かい部分までは探ったり把握はできないですが、話すことによって選手のことも理解できると思うし、自分の考えも理解して欲しいので。選手とそういう関係性を築いていかないと、試合でも思い切ったことができないと思います。クラブには色々な選手がいます。ベテランだったり、若手だったり、外国籍選手もいるので、できるだけ話をして自分を理解してもらおうと思いますし、選手のことも理解したいと思っています」

Future of Soccer

印象に残る監督は
サンフレッチェ広島時代のバクスター氏

「自分が影響を受けた監督は自分がサンフレッチェ広島で現役時代に指導してもらったスチュワート・ウィリアム・バクスター氏です。指導者としてよりも選手としての影響が大きかったような気がします。サッカーの戦術としては、当時画期的なクラブ全体が組織化されたサッカーを体現していました。スチュワート・バクスター氏が監督に来たときの第一声が非常に印象に残っていますね。その言葉が「私のめざすサッカーを理解できたら、目をつぶってでもプレーできる」とおっしゃったんですよ(笑)。そのときは何を言っているか理解できませんでしたが、実際何をしたかというと、コンビネーションプレーを多用したのです。当時はコンビネーションという概念があまりなかったので、彼のもとでサッカーをすることで、プレーの引き出しがかなり広がって、選手として成長できたと思います。一方では、指導者としてもお手本になるような立ち振る舞いだったと思います。選手への声のかけ方が絶妙で、上手な方でした。頻繁に選手と話をしているというわけではないですが、自分が点を取れなくて悩んでいるときなどに、すごくタイミングよく声をかけてくれました。選手の心理的なことまで観察するという部分は指導者になってからも参考にしているし、自分のなかでも活きていると思います」

TAKUYA TAKAGI

現J1とJ2の違いはすべての
“スピード”

「現状はSC相模原に就任したばかりで、クラブの状況的にもどうにかしてJ2残留をめざしているところです。自分はどちらのリーグでも監督経験がありますが、J1とJ2の違いは一言でいえば“スピード”ですね。細かくいうと判断の速さ、フィジカル部分の強さや速さが違うと思います。ただ、戦術でいうと、J2の方が特徴的な戦術を採用しているクラブが多いような気がします。プレーでいえば、1対1の攻守の対応、オフェンスであれば相手をかわすスキル、ディフェンスであれば守備力の強さ、そして得点をとる能力の高さ(シュートの正確性、シュートレンジの広さ)は違いがあると思いました。以前、柏レイソルがJ2に降格して、翌年1位で昇格して、そのままJ1でも優勝したことがありました。あれはJ2に降格してからもメンバーが変わらず、クラブの完成度を高めてJ1に昇格したからあまり参考にならないと思います。あのときは自分もJ2の違うクラブを指揮したときに対戦しましたが、本当に完成度の高いクラブだと思いましたね」

Future of Soccer

現代にフィットしたことをしないと
Jリーグは盛り上がらない

「今後の目標は、SC相模原をJ2に残留させることが最優先です。それと同時に、ファンやサポーター、そしてステークホルダーの皆さんに応援してもらわなければならないので、そのために個人レベルやクラブレベルでできることは積極的に取り組んでいきたいですね。応援してもらえるクラブにならないと結果もついてこないですから。これはJリーグ全体を盛り上げていくことにもつながると思いますが、我々、初期のJリーグを体験している世代と、今の若い世代の感覚は当然違うと思います。現状のスタジアムの空間づくりや各種行なわれているイベントが、本当に若い世代にしっかりマッチしているのか、今の時代にフィットしているのかをもっと突き詰めていくべきだと思います。ハードの面で考えると自分が思うのはサッカー専用スタジアムの建設が一番じゃないかと。そういう“ハコ”を作れば試合にも臨場感が出るので、エンターテインメント性も高まるし、状況も変わっていくはずです。とにかく時代に合ったことをしていかないと新たなファンは獲得できないと思います。もちろん地域の活性化も必要ですが、スタジアムができると見に来る人も増えると思うので、そういった部分から変えてくことでJリーグ全体が盛り上がっていくはずです」