もうたくさんの役割をこなさなくていい 『シンプルに、ストレートに生きてみる』人に委ねて生きてきた自分が、自立するまで ~ 歌手 森山直太朗さん ~ 取材_藤田佳奈美 / 撮影_濱津和貴 / 制作_マガジンハウス

世代を超えて愛され続ける『さくら(独唱)』。作詞のクレジットには“森山直太朗”の横に“御徒町凧(かいと)”の名前がならびます。2021年で20周年を迎えた森山さんは現在、デビュー以前からの作詞共作者、そして所属事務所の代表・御徒町さんと、2019年に関係を解消し、活動しています。しかし今年3月にリリースした、『さくら(二〇二〇合唱)/最悪な春』には再び御徒町さんの名前が。20年のときを経て変わりゆく御徒町さんとの関係性や、共依存からの脱却と自立、そして自分自身の変化について伺いました。

ずっと変わらないものなんてない

森山直太朗さんの曲に欠かせないビジネスパートナーの御徒町さん。もともとは高校時代の後輩でありふざけ合う仲だったのが、音楽好きという共通点からよりコミットした友人関係を育んできました。

森山さんが楽曲面、御徒町さんがリリック面を中心に楽しみながら続けていた音楽活動。ですが、それが軌道に乗ると、いつしかお互いに商業的な役割が付随し、純粋な友人関係ではいられなくなったと話します。

「森山直太朗の活動において御徒町は、プロデュース面もクリエイティブ面も経営面も受け持っていました。そうやって友だち以外の役割が増えていった結果、純粋な楽しみとかくだらなさが失われて、社会性に偏った関係になったんです。でもそれも活動を続けていく上では致し方ないと飲みこんで、つい最近までやってきました。だけどそれは創作活動に対しても変化が生じてしまって、いつしか音楽が時として“手段”になっていました」

Profile

森山直太朗さん

1976年4月23日東京都生まれ。2002年10月ミニ・アルバム『乾いた唄は魚の餌にちょうどいい』でメジャーデビュー以降コンスタントにライブとリリースを展開し続けている。2020年4月から放送のNHK連続テレビ小説『エール』には俳優として出演。2021年3月には『さくら(二〇二〇合唱)/最悪な春』が自身約5年半ぶりのシングルCDとして両A面でリリースされた。

Special Interview NAOTARO MORIYAMA

自主自律の創作活動に励むための“関係解消”

友だちとして純粋に楽しいことを追求した延長線上にあった音楽活動。商業的になるにつれ、いつの間にか身動きが取れない状態に。

「2018年10月からスタートした全51公演のロングツアー“森山直太朗コンサートツアー2018~19『人間の森』”終了後、御徒町との関係を解消しました。このツアーでは見せ方や盛り上げ方などをいったん脇に置き、シンプルに“音楽と詩と人間がただそこに在る”という原点に帰って純粋な創作に励んでいました。だけど結局お客さんや御徒町の期待に応えたいという気持ちが先立ち、自分の音楽に対する衝動は二の次になってしまった。要求されたことに対しておおかたリアクションで応える表現に引っ張られる自分がいた。御徒町は御徒町で演出やプロデュースなどの活動に関して率先して学ぶことを対外的にもやってきていなかったので、いつしか共依存状態にありました。だからこそ、自分のなかに湧き立つシンプルな衝動を表現するなら自立しなきゃいけないとも思った。それで『一度元の友人関係に戻ろう』と伝えたんです」

役割が増えると物事は本質からどんどん逸れていく

それぞれが追求したい音楽に向き合うことを決めたふたり。人生の半分以上を共に駆け抜けたふたりの関係性は、その後どう変わっていったのでしょうか。

「フラットな友だちに戻るというよりは、ふたりで創作やビジネスを通していろんな役割を経験したからこそ、以前よりもっと無二な関係になれた気がします。背負い込みすぎた役割を外したことで、今まで見えにくかった問題が正しく露呈しました。役割に関してわかりやすく言うなら、例えば母親。子どもを持つと母親という役割が生まれますよね。それは子どものためにも、自分が成長するためにも必要な役割だし、役割を全うしようとするけど、一方で自分以上のことをやらなきゃいけない。僕はこれ以上自分が役割に飲まれてしまわないよう、音楽が好きな自分という本質的な部分に立ち返る必要があった。だから今の関係性になれて良かったと思っています」

Special Interview NAOTARO MORIYAMA

言葉を選ばずに言うと、はじめて自分勝手になれた

御徒町さんと適切な距離を取ったことにより、音楽への向き合い方だけでなく、自分自身の生き方にも大きく影響があったといいます。

「僕は昔から人の期待に応えたい気持ちが強くて、判断基準や価値基準を人に委ねて生きてきたんです。そのくせ自己顕示欲が強い。誰かに傷つけられるのも嫌だから、『ダメだ俺は』と先回りして自分で自分を傷つけていました。そうやって自分で育てた“悪魔の自分”が囁くんです。『本当にこれからひとりでやっていけるの?』と。だけど自立した創作活動を通して、弱さや甘えや苦しみは余計なプライドがあるから生まれるのだとわかりました。役割もプライドもなくして素直に自分の気持ちに従ってみたら、俺には俺の生き方があると思えるようになった。言葉を選ばずにいうと、はじめて自分勝手に生きられるようになりました」

お互いに自立したことで前進できた

意外にも他人の物差しで生きてきたという森山さん。自分の物差しを持って創作できるようになったのは、ここ2~3年の話だといいます。

そんな最中、再び御徒町さんとタッグを組んだ新曲『最悪な春』を発表しました。以前と比べて「ニュートラルな気持ちで向き合うことができた」と話します。

「利害関係のない、ただ楽しく路上で歌っている感覚に戻れました。いちクリエイターとしても対等な関係になれた。もちろん以前の癒着した関係性に戻らないように、どこか緊張感を持って接している。だけど腹を割って話せる、そんな関係です。あのとき、関係を解消したことが正解かどうかなんてずっとわからないことだけど、お互いに自立したことで関係性を前進できたんだと、今は思えます」

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創作のエネルギーは“好奇心”。それが良い創作につながる

現在、TikTokやYouTubeなどさまざまなプラットフォームに活躍の場を広げ、自立的な活動をしている森山さん。創作のエネルギーはどこから?

「誰かに依存していたり、自分でぐるぐる考えたりすると、心の闇ができてしまう。負の感情は、思考の習慣とかクセから生まれるんですよ。自分がそうだったので。よく負の感情が創作のエネルギーになると言いますが、僕にとってそれは発奮材料でしかない。創作を良くするのも悪くするのも、自分の身の置き方次第。ポテンシャルが最大限になるときもあれば、最小限にとどまることもある。だから自立的に自分で判断することや、ポジティブな気持ちを持つこと、好奇心に敏感でいることが、良い創作をする上で重要なんじゃないかな」

大切な人と良好な関係でいるためには“共有”を忘れないで

紆余曲折あったものの、自分の本音と向き合い自立した関係性を築いたことで、より絆が深まった森山さんと御徒町さん。大切な人と長く一緒にいるために気をつけていることについて教えてもらいました。

「付き合いが長くなればなるほど『言わなくてもわかってくれるだろう』と思い込み、伝えることを疎かにします。そうするとすれ違いも起きるし、小さな問題が積もっていつか表出する。だからこそ問題になる手前で、それがどんな些細なことだとしても共有することが大事だと思うんです。人間って見えないものが怖い。だから、できるだけ自分の心の内をスケルトンにして相手に見せないといけない。人生100年時代なので、自分の弱さや価値観を共有できる人がいることが、これから先の長い人生にどれだけいるのかっていうのが幸せのバロメーターになると思っています。豊かな人生って、コミュニティのことだと思うから。これからも大切な人に自分の気持ちを共有していきたいです」