カラダのなかから強くなりたい 『知っておきたい免疫のこと』 六つのポイントで徹底解説! ~京都大学ウイルス・再生医科学研究所副所長~ 河本宏教授 取材・文_井上健二 撮影_山城健朗 取材協力・イラストレーション_河本宏 (京都大学ウイルス・再生医科学研究所副所長) 編集_Tarzan編集部 制作_マガジンハウス

新型コロナウイルスの脅威に晒される昨今、誰もが免疫力を上げたいと願うもの。そこには人体の偉大なる防御システムがありますが、巷には勘違いしやすい情報もいろいろ。まずは知識から免疫に強くなりましょう。京都大学ウイルス・再生医科学研究所副所長の河本宏教授に訊きました。

解説とイラスト

河本宏さん

1961年生まれ。京都大学医学部卒業。京都大学ウイルス・再生医科学研究所副所長。血液細胞の分化過程を解明する傍ら、iPS細胞技術を用いた治療用再生T細胞の作製研究も進める。免疫学者ロックバンド〈Negative Selection〉リーダー。本記事では、趣味のイラストで免疫を優しく解説。

基礎1 そもそも免疫とは?

食べ物を放置すると腐るし、油断すると浴室にはすぐカビが生える。世界は目に見えない危険な病原体で溢れているのです。そんな世界で無事に生きられるのは、免疫のおかげ。明るい未来を元気で過ごすために、改めて免疫に目を向けてみましょう。

「免疫とは、一度罹った病気に二度と罹らないか、罹っても軽く済む働きのこと。“免疫力”は俗語で、医学的には単に免疫または免疫能と呼びます」(京都大学ウイルス・再生医科学研究所副所長の河本宏教授、以下同)

そもそも免疫には、自然免疫と獲得免疫の二つがあります。自然免疫とは、細菌などの病原体を“食べて”処理する最前線の戦い。食細胞と呼ばれるマクロファージや好中球といった免疫細胞が働くのです。また、感染などでストレスを受けた細胞を見つけて殺すNK細胞も自然免疫の担い手です。

免疫の3つの主な仕組み

免疫には①病原体を食べる、②武器となる抗体を作る、③感染細胞を殺すという三つの作用があります。
①は自然免疫、②と③は獲得免疫の仕事。自然免疫のNK細胞は③にも関わっているのです。

一方、血液中や細胞内に入ってしまった毒素の分子、小さな病原体などは自然免疫では対処できません。これをやっつけるのが、獲得免疫。樹状細胞、キラーT細胞、ヘルパーT細胞、B細胞という4種の免疫細胞の連携プレーで、標的と戦います。

自然免疫の反応はスピーディですが、その効力は弱い。それと比べて獲得免疫の反応は遅いが、効き目は強力。このコンビで健康を保っているのです。

基礎2 免疫の主役、獲得免疫が働く仕組み。

病原体との戦いの主役は獲得免疫。それはこう働きます。初めに病原体をキャッチするのは樹状細胞。病原体と出合いやすい皮膚や粘膜に潜む。そこでそれぞれの病原体が出す特有の「抗原」を見つけ、リンパ液に乗ってリンパ節へ。待ち構えるキラーT細胞とヘルパーT細胞に抗原の情報を伝えます。

その情報を元に、キラーT細胞は病原体に感染した細胞を殺します。同時にヘルパーT細胞は、B細胞に対し、抗原に合わせたオーダーメイドの武器である「抗体」を作る指令を出すのです。

獲得免疫と自然免疫の連携プレー

樹状細胞が捉えた病原体の情報をヘルパーT細胞とキラーT細胞に伝達。B細胞による抗体生産などの反応が始まります。免疫細胞の作用を細胞性免疫、抗体の作用を液性免疫とも呼びます。

抗原に反応したT細胞とB細胞はメモリーT細胞、メモリーB細胞となり体内に長くとどまります。次に同じ感染が起こると両者が素早く増殖して対応するため、病気に罹りにくくなるのです。

獲得免疫と自然免疫は独立していると思われがちだが、実は密接に関わる。前述の樹状細胞は、自然免疫の細胞。自然免疫のNK細胞と獲得免疫のキラーT細胞は助け合って働く。また獲得免疫のヘルパーT細胞は自然免疫のマクロファージを活性化。B細胞が作る抗体は病原体を味付け(オプソニン化)し、自然免疫の食細胞が食べやすいように整える。

基礎3 免疫を担っている細胞とそれが作られる場所。

免疫を担うのは多彩な細胞たち。その細胞はどこで作られて、どう作用するのでしょうか。

免疫細胞=白血球。マクロファージ、好中球、NK細胞、樹状細胞、T細胞、B細胞と呼び名は違えど、みんな白血球の仲間です。

これらの白血球、また血液中を流れる赤血球や血小板などの成分は、たった一種類の細胞、造血幹細胞から作られます。胎児のときは肝臓、生まれてからは骨の内部の骨髄で待機し、分化というプロセスを経てさまざまな免疫細胞を作り出しているのです。

免疫細胞は自律神経とも関係している。/「日中の免疫細胞は交感神経によりリンパ節にとどまり、夜は副交感神経によりリンパ節を出てパトロールに出る。その様子を観察する研究者(モデルは京大の生田宏一博士)です」

ここで唯一の例外はT細胞。骨髄で誕生後、心臓の少し上にある胸腺という臓器に移住して分化を続けます。胸腺はT細胞を作るためだけにある、免疫システムの中枢です。

さて、骨髄と胸腺で作られた免疫細胞たちは、そこから出て脾臓とリンパ節で成熟します。リンパ節とは、静脈に沿って通るリンパ管の要所にある関所のような存在です。T細胞とB細胞は脾臓やリンパ節ではじめて出合い、獲得免疫を発揮しているのです。

ややこしいですが、リンパ球は白血球成分の一つ。その構成要素がNK細胞、T細胞、B細胞。リンパ管を流れるリンパ液の主成分なのです。

基礎4 なぜ免疫は無限の外敵に対応できるのか。

獲得免疫で活躍するT細胞は、どんな病原体でも正体を見破るレセプター(受容体)と呼ばれる優れたセンサーを持ちます。その精度は抜群ですが、そもそも病原体の抗原がレセプターに合わなければ反応できないはず。しかしT細胞は、はじめて出合う抗原を探知するレセプターを持って待機しています。なぜそんなことができるのでしょう。

獲得免疫のスター、T細胞の悲哀物語。/「水槽で育てベルトコンベヤ上でうまく成長しそうなものを選び、自らの細胞の抗原に反応しないものを増殖させたら、ヘルパーT細胞とキラーT細胞に選り分けます。反応したものは死ぬ運命です」

疑問はまだあります。レセプターはタンパク質であり、タンパク質は1個の遺伝子から作られます。遺伝子の数は2万3,000個ほどなので、普通に考えるとレセプターの種類も最大で2万3,000個くらいなはず。病原体はその何十倍も存在しているから、とても全部はカバーしきれないのです。

謎を解く鍵は免疫細胞に特有の性質にある。細胞には両親から受け継ぐ同じ遺伝子のセットが用意されます。この遺伝子は後天的に変化しませんが、免疫細胞だけは遺伝子を切り貼りし、細胞ごとに異なる遺伝子を作り出します。それにより、無数の異なるレセプターがランダムに生まれるのです。そこにははじめての抗原に合うものも含まれているし、多種多様な抗原を持つ病原体にも対処できます。

基礎5 免疫が落ちるとがんになる?

ちなみにがん細胞は1日数千個も発生し、それを免疫が処理している…。もっともらしい話ですが、実は大きな間違いらしいのです。

がん細胞とは、遺伝子の変異を積み重ねた挙げ句、所構わず増殖・転移する性質を持った細胞です。

「ヒトは遺伝子の変異を自動で修正する能力が高く、変な細胞を見つけて組織から排除する“細胞競合”という働きもあります。だから、がん細胞は日々そうそう生まれない。免疫が働かないマウスと通常のマウスを比べても、発がんの頻度は変わらないという研究もあります」

それでもこの防衛網をかいくぐってがん細胞は誕生し、大きくなるのです。

がん細胞にも抗原があり、免疫細胞はがんを見つけ、キラーT細胞を軸にアタックします。でも、がん細胞は一枚上手。自らの細胞に免疫が働かない自己寛容のからくりを真似て、免疫の追っ手を免れます。

自己寛容を隠れ蓑にしたがん細胞の正体を暴き、免疫細胞に攻撃させるのが、がん免疫療法。多くは10%ほどの治療効果しかありませんでしたが、抗PD-1抗体「オプジーボ」は20〜30%の効果を上げて標準療法になりつつあります。

基礎6 自己免疫疾患とアレルギーは免疫とどう関わるか。

また自己免疫疾患は、自分の細胞を免疫細胞が攻撃するもの。リウマチ、多発性硬化症などで「自己寛容」、つまり自らの細胞を攻撃しないシステムの破綻で起こります。T細胞が胸腺で作られる際、自分の細胞の抗原に反応するレセプターを持つものは排除されるのです。胸腺には全細胞の抗原サンプルが揃い、一つでも合致するものは淘汰されます。これが狂うとT細胞が正常な細胞を叩き始め、自己免疫疾患が生じるのです。

一方、アレルギーは外から入った異物への免疫反応が、通常より強く出たものであり、主に次の三つが増えています。

まず経口免疫寛容という働きで、通常食べたものに免疫は反応しませんが、その崩壊が招くのが食物アレルギー。清潔にしようと肌を洗いすぎるとバリア機能が落ち、そこに卵や牛乳などが触れると抗原認定されて食べた際にアレルギーが起きるのです。

またアトピー性皮膚炎も同じ仕組みです。さらに、痒いところを搔きすぎて皮膚が荒れると、抗原が入りやすくなり重症化しやすいのです。

そして花粉症。引き金は花粉量の増加です。しかも排気ガスなどの大気汚染物質が同時に入ると免疫が強く反応するのです。

ウイルスはいとも簡単にわたしたちの身体を脅かしますが、免疫のシステムを知ることで人間の身体がまるで精密な機械のようにわたしたちを守ってくれていることがわかります。正しい知識を備えることで、万が一の際に正しい理解ができることはとても大切なこと。安心できる日々が過ごせるよう健康管理を心がけましょう。

初出 『Tarzan』 No.778・2019年12月19日発売