変わりゆく仕事の価値観『働き方総研』自分なりのスタートアップ体験記 ~ジェローム・ワーグさんの場合~

終身雇用も幻想と化し、就職が就社ではなくなってきた昨今。起業や独立、勤めながらの副業、さらにはいくつものビジネスを並行するパラレルワークなど、仕事の形も多種多様に。そんな中、小さくても逞しく、自分たちなりに自分たちらしい仕事を始め、それぞれのジャンルで活躍している人たちがいる。彼らの働き方は、まさに「生き方」そのもの。かつての彼らと現在の違いも紐解きながら、変わりゆく仕事の価値観を浮き彫りにしていく。

どう働くかは、
その人生哲学にも通じている

昨年春に日本へ移住したジェローム・ワーグさんは、米カリフォルニア州バークレーにある『シェ・パニース』の元総料理長。半世紀近く前から地産地消を唱え、地元の新鮮なオーガニック食材にこだわってきた草分け的なレストランだ。滋味豊かなカリフォルニア料理で、世界中から訪れるファンを魅了し続けている。そんな名店で25年の料理家人生を過ごしてきたジェロームさんが、今度は日本で新しくレストランをオープンするという。

PROFILE

ジェローム・ワーグ さん

ジェローム・ワーグ さん

フランス生まれ。パリを拠点にする彫刻家の父と写真家の母を持つ。料理が上手だった母の影響もあり、幼い頃から料理好きに。1991年に渡米し、シェ・パニースで働き始める。1996年頃からアーティストとしても活動。総料理長を4年務めた後、2016年4月に来日。原川慎一郎さんと新会社「RichSoil&Co.」を設立。現在新店を計画中。

“パートタイム”で働く
レストラン総料理長

This is how I feel about working

「実は、シェ・パニースでは“パートタイム”で働いていたんです」とジェロームさん。週に3日は総料理長としてお店で働き、残りの時間は自身のアトリエで過ごしていたそう。今年9月にも東京都現代美術館で食と言葉をテーマにワークショップを行ったジェロームさんは、料理家であり、アーティストの顔も持っています。「シェ・パニースには他とまったく違う独自のカルチャーがあり、そういう生き方を許してくれる場所でした」

個性が集まり、
才能を発揮していける環境

「一般的には総料理長が味見をするものですが、仕入れた素材によって毎日メニューを変えるシェ・パニースでは、全員が味をみて自由に意見します」。60~70年代のカウンターカルチャー、体制からの自由と開放を叫んだ時代に誕生したお店。創業者のアリス・ウォータースさんもスローフードの立役者として知られますが、その囚われない姿勢や「食」への向き合い方に共感し、まったく違う業界から転向して来たシェフも多かったそうです。

人と人とが作る仕事場

まるで友人の家へ遊びに来たかのように寛いだ雰囲気があるBEARD。店主・原川さんの微笑ましい写真を発見。

12席ほどの小さなレストラン
BEARDで

This is how I feel about working

シェ・パニースへ毎年研修に来ていた縁で、仕事のパートナーになったのがBEARDの店主・原川慎一郎さん。このレストランはイギリスのグローバル情報誌「モノクル」で世界のベストレストラン第1位にも選ばれたお店です。信頼する生産者から直接仕入れ、それらの素材を一つひとつ生かすメニューを考えるスタイルは、シェ・パニースにも通じていました。ジェロームさんも来日後は、新店の準備をしながらここで1年半ほど腕をふるうことに。

日本映画や禅思想、
工芸品への興味も

パリで生まれ、アメリカ西海岸に移住。今度は日本へ。「今やITの中心地ですが、25年前は豊かな文化を持った西海岸が大好きでした。日本にも昔から興味があります。黒澤明や大島渚、たくさんの日本映画を観て育ったので。小林正樹監督の『怪談』は幼心に衝撃的でした」。また禅思想にも興味を持ち、アメリカの研修施設で2年間学んだそう。最近は日本の工芸品に注目。そんな異文化への探求心や尊敬の念も、彼の原動力になっているようです。

新店の準備も着々と

今年8月でクローズしたBEARD。今後は11月中旬オープンを目指す「the Blind Donkey」に専念。

北海道美瑛のトウモロコシ

原川さんと北海道を訪ねた際に知り合った「百姓や」 青木のトウモロコシ。甘みがあり、しっかりした味。

「食」は、
人生の真ん中にある
大切なもの

「新しいお店では、できるだけいろいろな農家や漁師さんたちと取り引きしていきたい」と語るジェロームさん。来日してからは自分の足で日本中を訪ね、生産者が抱える問題なども聞いてまわっているといいます。新しいレストランで表現したいのは、そんな生産者たちの物語。「『食』は人生の真ん中にあります。食べ物は人間と自然がダイレクトに結びつくものなので、お客さんには食べ物を通じて自然を感じて欲しいですね」

自然に向き合う生産者は
まさにアーティスト

自然に向き合う生産者は
まさにアーティスト

「オーガニックで農業をする人たちはアーティストです。土を使わない水耕栽培や、たくさん農薬を使う農業とはまったくの別物。日々変わる自然と対話をしながら工夫して育てるのは、ものすごくクリエイティブな作業だから」。ジェロームさんの働き方は、彼らを応援することにもつながっています。「地球環境が危機的状況の今、私たちは一人ひとり、何らかの声を上げる必要がある。私は食を通じてそれをしていきたいと思っています」